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zoom RSS 百二歳での大往生

<<   作成日時 : 2017/05/26 06:34   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 35 / トラックバック 0 / コメント 2

先日伯母が亡くなったが当家の出の者としては最長記録となる寿命であった。
伯母が特養施設に入居したのは6年前で、その翌年から年に三度程ずつは施設に女房と見舞いに訪れていた。初めて施設に訪れた時はちょうど食堂での食事が済んだところで、伯母は車椅子に座りながら食後の歯磨きをしているところであった。近くまでゆき声をかけてみると、取りあえず部屋まで車椅子を曳いて行ってくれとの事で部屋へと行く。そこは4人部屋で伯母のベッドは窓際の方であった。私ではベッドへ移す要領を得ないので、ボタンを押して介護士さんにきてもらう。
伯母はベッドに横にしてもらうと、先ずは両手を上に伸ばして手の指を閉じたり開いたりの運動を始めた。その後はベッド側面にある手すりにつかまっての上半身の起き上がりの動作を始めた。下半身は全く動かせない状態ではあったが、毎日自発的にこのような運動をしているとの事だった。
九十代の後半の歳にもなりまたこのような状態にあっても、伯母のこの前向きな行動には兎に角驚かされてしまったものだった。加えて毎週ある曜日の昼食にでる食パンが実に美味しいとの事で、食欲も旺盛のようで伯母の内蔵の丈夫さもうかがえた。
直近での見舞いは私の術後の昨年の12月であったが、その時は寝ているような状態で反応も悪かったのだが、それでも帰り際には気づいたようで「バイバイ」の言葉が印象的であった。

菩提寺境内にあるまだ建て直しされた新しい式場
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仁王門より本堂方向を
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鐘つき堂と仁王門
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本堂
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市街地にあるお寺ではあるが兎に角敷地が広いのには驚かされる。境内内には幼稚園や神社もありまた隣接するこのお寺の墓地の広さもかなりのものであった。ちなみに以前ブログの記事にも載せた事のあるSLもこの境内の中の施設に保管されている。

私の母の時も菩提寺での通夜葬儀であったが、同じ県内でも所が変わると、宗派に関係なく式の流れも異なる部分が多かった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
伯母さまがご逝去なされたこと、お悔やみ申し上げます。九十代になられても尚、指を動かされたり、上半身の運動をなされていたとのこと、お元気な伯母さまでいらっしゃいましたね。
立派な菩提樹です。仁王門と呼ばれるのですね。確か山門と呼ばれる門もありますが、境内の建物の名は難しいですね。
トラッキー
2017/05/26 18:57
トラッキーさん、こんばんは。
お悔やみの言葉をいただきましてありがとうございます。
伯母が嫁いでいた街は昔から七夕祭りが有名で私の子供の頃は県下でも一・二番の規模のものでした。小学生の頃はよく泊りがけで行ったのですが、飾りつけもよく手伝ったものでした。飾りを付ける元は大きな竹を使いまして、メインの飾りは竹でできた大きな丸い玉の骨組に、白や赤や紫など様々な色紙でできた花を一個ずつつけてゆきました。花の作り方もよく教えてもらったものです。昔は飾りも殆んどが手作りの中で、コンクールもあり賞や豪華な賞品も用意されていました。
昼食には必ずと言っていいほど私の好きなお蕎麦の出前を伯母がとってくれました。そんな楽しかった子供の頃の思い出があります。
下半身は全く動かない状態となった中でも伯母の気持ちは前向きで、ポジティブさを絵にかいたような人で、見舞いに行く度に感心させられていました。
この菩提寺は街の一地区を占める程の敷地の広さで、お墓の数も百や二百の数ではなく(その数倍はありそうでした)檀家の多さを改めて感じました。

マナオ
2017/05/26 20:26

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